モーツァルト劇場オペラ公演『コシ・ファン・トゥッテ』を観る

●2020年1月26日(日)、セシオン杉並大ホール(東高円寺下車)で、モーツァルト劇場のオペラ公演『コシ・ファン・トゥッテ』を観た。日本語訳詞による上演であり、私にとっては貴重な体験。演出面を含めてとても楽しく親しみやすい公演であった。

M モーツァルト劇場.png


●まずは、今日のメンバーを確認しておこう(敬称略)。

指揮:武本 浩  演出:蔵田雅之
日本語訳詞:高橋英郎
フィオルディリージ:宮部小牧
ドラベッラ:酒井悦子
フェランド:蔵田雅之
グリエルモ:金 努
デスピーナ:遠藤美和
ドン・アルフォンソ:石井基幾
管弦楽:大阪モーツァルトアンサンブル
ピアノ:齊藤 舞

●モーツァルト劇場は、音楽・文芸評論家の(故)高橋英郎氏の後を継ぎ、現在、蔵田雅之氏(フェリス女学院大学教授、二期会会員)が代表を務めるオペラ団体で、日本語訳詞での上演に特化していることが最大の特長と言えよう。日本語によるオペラ公演には賛否両論あろうが、一人でも多くの人にオペラの素晴らしさを理解してもらいたいとの熱意には強い共感を覚え、また実際に今日聴いてみて納得がいった。私は原語上演に余りに慣れ過ぎていて、最初は少々違和感もあったが、オペラの展開につれてそれもすぐに消え去り、むしろ新鮮さに驚く。日本語で歌われるアリアや重唱(もちろんレチタティーボも)は、確かに分かりやすく観客によりダイレクトに思いを伝える有効な方法ではないかと感じられたからだ。原語上演とは異なるもう一つのオペラがここにあったというのが正直な感想だろうか。

●舞台装置はトラディショナルそのもの。籐椅子、猫足の長椅子など優雅な家具類が整然と並ぶ光景は説得力がある。もっとも、レースのカーテンを巧みに使うなど、写実的というよりは優れて象徴的な印象が強い。

●衣装への拘(こだわ)りも半端ではない。文化服装学園の全面的な協力を得て、時代考証に基づくとても美しいドレスや、いかにもといった軍服が登場する。18世紀のナポリを彷彿させる素晴らしい衣装。着ている歌手陣も気分がいいと思うが、見ている我々もとても楽しい。

●細かい演出も見逃せない。まず挙げるべきは、年層の異なる少年2人、少女3人(1人は大人かな)の五人組の動き。序曲の時からさっそく登場し観客を驚かせ、その後も、一幕の「軍隊生活はいいもんだ」の合唱の場面で行進して現れ二組のカップルを引き離したり、二幕冒頭では何故かカード遊びをしている。衣装も黒だったり白だったり。彼らを登場させた意図を理解できたかは自信がないが、センスの良い演出であったと思う。もう一つはデスピーナ。この役は台本上も医者や公証人に変装したりと面白いが、今回はさらに上を行く。第二幕でグリエルモがドラベッラを、フェランドがフィオルディリージを口説くところへ「ちょっとタイム」とばかりに割って入ったり。デスピーナがよりデスピーナらしくなった感じだ。

●肝心の歌唱ももちろん素晴らしい。フィオルディリージ役の宮部小牧さん、ドラベッラ役の酒井悦子さん、フェランド役の蔵田雅之さん、グリエルモ役の金努さん、デスピーナ役の遠藤美和さん、ドン・アルフォンソ役の石井基幾さんの全員が、各々の役を見事に演じ切ったという印象。アリアも重唱も聴きごたえがあり、なかでも、宮部小牧さんの「嵐にも、強い風にも」と「どうぞ許して愛しい人」は正に圧巻、遠藤美和さんの「女も15になりゃ」は実に上手く、宮部小牧さんと酒井悦子さんがお二人で歌う「私は選ぶわ、栗毛の方を」は楽しい掛け合いであった。

●武本浩氏が指揮する大阪モーツァルトアンサンブルの演奏も十分に満足できるもの。歌唱に適切に寄り添い支えていた。

●なお、今日の会場であるセシオン杉並の客席数は約500席。やや小さめのホールだが、それが却って奏功し、舞台と観客が一体となった、とても親しみやすい公演になったとの印象。

●今日のこのオペラに足を運んだのは、元の職場の友人の方(彼のご親族が出演)にご招待いただいたからだ。素晴らしい機会を与えて下さったその友人の方に心から感謝申し上げたい。

(補足)

●後日、その友人から、デスピーナは5人の子供(舞台に登場した少年少女のこと)を育てるシングルマザーという設定で、人使いの荒い姉妹にイタズラや仕返しをするといった、「家政婦は見た」的な演出を志向したとの情報をいただいた。これで納得です。

以上

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