新国立劇場オペラ『フィレンツェの悲劇/ジャンニ・スキッキ』を観る

●2019年4月14日(日)、新国立劇場(初台)で、ツェムリンスキー作曲のオペラ「フィレンツェの悲劇」とプッチーニ作曲のオペラ「ジャンニ・スキッキ」を観た。新国立劇場は今シーズンから1年おきにダブルビルの新制作公演を行うことになったが、今回はその初回となる。大きな期待を持って劇場に足を運んだが、その期待を裏切らない素晴らしい公演であった。沼尻竜典氏の流麗な指揮、歌手の方々の熱唱・熱演はもとより、粟國淳氏の鋭くそしてユーモア溢れる演出センスには、ただただ脱帽するしかない。

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●「フィレンツェの悲劇」と「ジャンニ・スキッキ」をセットで上演する狙いは何か。両者ともフィレンツェを舞台にしていること、作曲/初演がほぼ同時期であること、そして人間の欲望を赤裸々に描いていること等が挙げられよう。さらに付け加えるとしたら、単に舞台となる場所が同じということに止まらず、華やかな歴史に彩られたフィレンツェという都市が持つ闇を描くことだったのかも知れない。描き方は悲劇か喜劇かという点で対照的ではあるが・・・。

●上演時間は、各作品とも概ね60分間。それでは、公演の様子や感想などを記してみたい。

【フィレンツェの悲劇】

<出演者(敬称略)>

◇グイード・バルディ:ヴゼヴォロド・グリヴノフ
◇シモーネ:セルゲイ・レイフェルクス
◇ビアンカ:齊藤純子

<演出>

●フィレンツェの街並みが描かれた紗幕が上がると、そこに現れたのは何とも異様な世界。建物は不気味に歪み、中央部分は大きく割れていて、その割れ目からは冷たい光沢を放つ巨大な布地のようなものが層をなして溢れ出ている。階段もバランスが崩れどことなく危なげだ。舞台下手にはテーブルと椅子が置かれ、舞台上手にはたくさんの壊れた糸車が捨てられている。退廃と不安を象徴するような何と見事な舞台装置であろうか。まさに「悲劇」が起きるに相応しい場所。

●登場人物3人の衣装にも注目したい。いずれもデザイン的にはオーソドックスそのものだが、シモーネは地味な黒、グイードは派手なゴールド、そしてビアンカは鮮やかな赤(スカート)と、その色の対比が目を引かずにはいられない。

●シモーネは商品の売り口上を装い、探りを入れながらグイードを追い詰めていく。その傍らで気をもむビアンカ。一触即発の心理戦が展開する中、刻一刻の状況変化が、細部まで計算尽くされた3人の立ち位置や仕草に全て現れる。次第に緊張を高めつつ、ついには悲劇的なラストに一気に至るまでの3人の動きには一時も目を離せない。

●最後のシーンでは少々考えさせられた。一般的には、夫の強さに気付いたビアンカと、妻の美しさに気付いたシモーネの和解という能天気なハッピーエンドで終わりとされるが、シモーネはグイードを絞め殺した後、和解のシーンの直前にビアンカに向かって「次はお前だ」と言っているのだ。紗幕に遮られて判然とはしないが、2人は本当に幸福な抱擁をしていたのであろうか。シモーネはビアンカの首に手をまわしているようにも見て取れた。そうであれば、まさに「悲劇」。何と恐るべき演出。そうか、粟國淳氏が3/31のオペラトークで言っていた「ラストに注目!」とはこのことだったのか。

<音楽・歌唱>

●ツェムリンスキーの音楽は、ロマン主義が行き着いた先、この後はもう無調音楽しかないという所、言い換えれば、管弦楽法が爛熟を極めた所にあるとされる。今回の演奏を聴いていて、なるほどその通りだと思う。豊潤な前奏曲はR・シュトラウスの「ばらの騎士」を思わせ、その後の展開も、ドラマの進行と対応して、緊張と不安を高めつつも、あたかも果実が熟していくような雰囲気。

●歌唱の主役は、何といってもシモーネ役のセルゲイ・レイフェルクス氏だ。60分間、ほぼ歌いっぱなしの状態。相当な難役と思われるが、全く破綻なく歌い切ったのはさすがだ。しかも演技も素晴らしい。まさに「鬼気迫る」という言葉が相応しい。後の二人も好演と言える。ヴゼヴォロド・グリヴノフが演じるグイード・バルディは、受け身の役だが、シモーネ役のセルゲイ・レイフェルクス氏とのやり取りは緊迫感に溢れていた。ビアンカ役の齊藤純子さんは、さすがワーグナー歌手。しっかりとした声で存在感が抜群だ。容姿も美しい。シモーネとグイードとの間の微妙な立場を、細かい仕草まで見事に演じていた。

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        (新国のFACEBOOKから)

【ジャンニ・スキッキ】

<出演>

◇ジャンニ・スキッキ:カルロス・アルバレス
◇ラウレッタ:砂川涼子
◇ツィータ:寺谷千枝子
◇リヌッチョ:村上敏明
◇ゲラルド:青地英幸
◇ネッラ:針生美智子
◇ゲラルディーノ:吉原圭子
◇ベット・ディ・シーニャ:志村文彦
◇シモーネ:大塚博章
◇マルコ:吉川健一
◇チェスカ:中島郁子
◇スピネッロッチョ先生:鹿野由之
◇アマンディオ・ディ・二コーラオ:大久保光哉
◇ピネッリーノ:高橋正尚
◇グッチョ:水野秀樹

<演出>

●目の前の紗幕は先ほどと同じフィレンツェの街並み。これが上がってまずは驚く。「フィレンツェの悲劇」の歪んだ建物がそこにある。あれ? 同じセットでやるのかなと思ったとたん、建物が大きく左右に割れて退き、そこへ登場したのは舞台全体を覆うような巨大な机。何と鮮やかなスタートであろうか。さっそく観客の心を掴んでしまう。

●机の上には、これも巨大な天秤、万年筆、鉛筆、懐中時計、インク瓶、お皿とその中のクッキー、羽根ペン、ハンドベル、ロウソク等。そして中央には立派な本が置かれ、死んだヴォ―ゾらしき人物が横たわっている。この本からは、原作であるダンテの「神曲」を連想しないわけにはいかない。

●舞台装置を巨大化、あるいは登場人物の小人化するというアイデアは決して斬新とは言えない。昨年の藤原歌劇団公演「チェネレントラ」などもこの一つ。しかし、観客が粟國淳氏に期待するのは「目新しさ」ではない。細部にまでわたるクオリティの高さなのであり、今回の舞台装置は美しさの面でもリアリティの面でも全く文句のつけようがない。こうした魅力的な小宇宙の中で、大勢の登場人物たちが動き回り、泣き、笑い、怒り、そして喜ぶ。

●登場人物の衣装や風貌はとても魅力的だ。ジャンニ・スキッキは、頭には赤いラインが入った黒いハット、サングラスにあごひげ、黒革のジャケットとぴったりした黒いズボン、先がとがった革靴、そして首から肩にかけては赤いストールという出で立ち。イタリアのちょい悪オヤジといった印象だ。リヌッチョは、赤いチェックの上着に黒シャツ、黒ズボン。こちらは清潔感溢れる好青年。ラウレッタは、明るいブルーのワンピースが可愛く、大きな白い襟もまぶしい。そのほか、親戚、医師、公証人らも、黄緑色、ピンク、赤、グレー、黒など色とりどりの衣装を着て、机の上をあちこちと動き回り、色彩的にとても楽しい。

●机の上の小道具(というより大道具か)は、どれも、それ自体良くできているが、使われ方も全く手を抜かない徹底ぶりだ。シーツほどの大きさの遺言状はちゃんと赤い蝋で封印されているし、天秤では死体を皿に載せて重りでバランスを取ってみたり(命の重さを測る?)、ジャンニ・スキッキの名案を喜ぶ親戚の一人がハンドベルを抱えて揺らしたり。極めつけは、本が開かれ、変奏したジャンニ・スキッキが垂直に立った透明なページの背後から、偽の遺言を伝える場面。公証人は大きな万年筆を抱え、白地の遺言状に見事な文字を本当に書いていく。

●「ロバと屋敷と製粉所(一番の財産!)をジャンニ・スキッキへ」と告げると、親戚一同は怒り狂うが、粟國淳氏は「ジャンニ・スキッキは何も奪っていない。本当に強欲なのは親戚たちだ。」と言う。金銭や別荘などは皆の思い通りに分け与え、問題の「ロバと屋敷と製粉所」は親戚間では収拾がつかず結局彼に任されたのだから。しかも、親戚といっても兄弟や息子や娘ではなく、一番近くて従妹といった微妙に遠い者ばかり。粟國淳氏の意見に私も全く同感だ。プッチーニの言いたかったことも、きっとそうだと思う。

●親戚たちが、ジャンニ・スキッキを罵りながら、金品を持って立ち去った後、リヌッチョとラウレッタが机の引き出しからでてくるシーンは秀逸だ。あの醜い大騒動を知らなかったかのよう。引き出しの中で歌う二重唱は、私のオペラ歴の中でも記憶がない。最後のジャンニ・スキッキの口上も気が利いていた。「みなさん」と日本語での呼びかけに会場も和む。今日の口上は、一際説得力があるものとなった。

<音楽・歌唱>

●プッチーニの音楽の素晴らしさは、今さら言うまでもない。沼尻竜典氏の指揮の下、東京フィルハーモニー交響楽団は、とても生き生きと演奏していたと思う。

●ジャンニ・スキッキ役のカルロス・アルバレス氏は、歌唱力、表現力、ヴィジュアルのどれをとっても、この役にぴったり。さすがスーパースター。その存在感が群を抜いている。今日の公演の成功は彼がいてこそと言っても過言ではない。その熱唱・熱演に心から拍手とBRAVOを送りたい。

●リヌッチョ役の村上敏明氏とラウレッタ役の砂川涼子さんのペアは、とても素晴らしい。村上敏明氏は、張りのある高音と堂々たる歌いっぷり、砂川涼子さんは、美しい容姿と清らかな歌声で観客を魅了した。特に、最後の「引き出しの中で歌う愛の二重唱」は、圧巻であった。

●その他の歌手の方々も、そうそうたる実力者。皆さん主役を張って当然の方ばかり。今回の演出が、親戚たちの群像劇としても丁寧に描いていたので、いつもは聴き逃すところも聴きとれたように思う。本当に素晴らしいの一言に尽きる。

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        (新国のFACEBOOKから)

以上

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