NISSAY OPERA 2018 『魔笛』を観る

●2018年6月17日(日)、日生劇場(日比谷)で、モーツァルト作曲のオペラ「魔笛」を観た。オペラを観る大きな楽しみの一つに、聴き飽きた、観飽きたと思っていた作品が、優れた演出と出会うことで、今までと全く異なる新たな輝きを放つように感じられることがあるが、今回の公演は、まさにこれに該当するもの。もちろん演出だけではない。演出を具現化する、歌唱、指揮。オーケストラ等の全てが満足できる、感動的な公演であった。

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●日生劇場は、今年、開場55周年記念公園として、藤原歌劇団及び二期会と協力し、「モーツァルト・シリーズ」と銘打って、「魔笛」(主催:日生)、「ドン・ジョヴァンニ」(主催:藤原/日生)、「コジ・ファン・トゥッテ」(主催:日生)、「後宮からの逃走」(主催:二期会/日生)の4作品を上演する。今秋の公演は、まさに同シリーズの文字通り「幕を開ける(注)」もの。

(注)場所が日生劇場で、「幕を開ける」と来れば、劇団四季による子供向けミュージカルの始まる前にみんなで歌う「幕を開ける歌」を思い出す。このことを書いた記事は、本ブログ「月羊記」の中でも、アクセス数ベスト5に入るヒットとなった。→こちら

●まずは、公演のメンバーを確認しておこう(敬称略)。なお、歌手陣はダブルキャストとなっており、以下は本日のもの。

◇指揮:沼尻竜典       ◇演出・上演台本:佐藤美晴
◇ドラマトゥルク:長島 確

◇ザラストロ:伊藤貴之    ◇夜の女王:角田祐子
◇タミーノ:山本康寛      ◇パミーナ:砂川涼子     
◇パパゲーノ:青山 貴    ◇パパゲーナ:今野沙知絵
◇モノスタトス:小堀勇介   ◇侍女Ⅰ:田崎尚美
◇侍女Ⅱ:澤村翔子      ◇侍女Ⅲ:金子美香
◇童子Ⅰ:盛田麻央      ◇童子Ⅱ:守谷由香
◇童子Ⅲ:森季子       
◇弁者&僧侶Ⅰ:山下浩司  ◇僧侶Ⅱ:清水徹太郎
◇武士Ⅰ:二塚直紀      ◇武士Ⅱ:松森 治

◇合唱:C.ヴィレッジシンガーズ
◇管弦楽:新日本フィルハーモニー交響楽団

●続いて、演出、歌唱、オーケストラの順で、その様子や感想などを記してみたい。

【演出】

◇佐藤美晴さんは、平成24年度五島記念文化賞(オペラ部門)を受賞した、才能あふれる新進気鋭の演出家。ロンドン、ベルリン、シュトゥットガルトなどでの海外研修を踏まえ、今回の公演は、その成果を発表する場でもあった。

◇佐藤美晴さんの今回の演出の基本は、奇をてらわないオーソドックスなもの。しかし、そのオーソドックスさの中には、独創的なセンス、繊細でピュアな感性、そして他の芸術・アート(アニメを含む)に対する深い共感等が、ふんだんに盛り込まれ、しかも、それらは「invisible」な形で伝えようと努めているため、決して観客に押し付けることはない。常に観客に問いかけ、観客自身が答えを模索することを促しているようだ。まさに絶妙なバランスといえる。佐藤美晴さんは、本当に素晴らしい才能の持ち主であると思う。

◇佐藤美晴さんは、「魔笛」を「愛の物語」と捉え、これを主軸としながらも、、これと並行して、様々な対立軸を描いている。しかし、その最も重要なものは、ザラストロと夜の女王の「善」と「悪」の対立ではなく、両者が属する「親の世代」と、タミーノとパミーナが属する「子供の世代」との関係である。前者は、愛を失い行き詰っているのに対し、後者は、愛を信じるが如何せん若く経験もなく弱い。しかし、佐藤美晴さんは、双方を「悪」と「善」で分けることはしない。「親の世代」にも事情があるのだ。

◇既に述べたとおり、ザラストロの世界を単純に「善」と描こうとしない結果、「男尊女卑」「身分差別」「体罰」など、ネガティブな面も明確に示されることになる。私を含め、多くの観客が、改めてモーツァルトが仕込んだこの「違和感」を強く感じたに違いない。これを端的に象徴するのが、奴隷たちを下働きの清掃作業員として登場させたり、モノスタトスが報われぬ愛に悩み苦しみ、そしてついに組織を裏切らざるを得ないところまで追い込まれてしまうところ。特に、佐藤美晴さんのモノスタトスへの思い入れは相当なものだ。

◇三人の童子の役割をとても重要なものとして位置付けたことも注目に値する。三人は序曲の時から登場し、ピアノを弾き、音楽を奏で、小さな玩具のような舞台装置で、タミーノとパミーナの人形を動かす。三人の童子を、これほど明確に「進行役」として扱う演出は初めてだ。それどころか、この作品自体を、三人の童子が我々観客に見せる芝居という設定にしていたのかも知れないのだ。少し、ぞっとする感じだ。

◇この公演の台本も、佐藤美晴さんが書いたもの。歌やレチタティーボの合間に語られる台詞には、最初、正直驚いた。今風というか、ぶっ飛んでいるというか、関西弁まで登場する。しかし、言っている中身は、今まで見てきた魔笛と基本的には同内容なのだ。言い方一つでここまで印象が変わるのか、と思っていたら、時間が経つにつれ、全く違和感がなくなった。今日の魔笛に今までにないパワーを感じた理由の一つに、この台詞回しの妙があったことは間違いがない。

◇「火の試練」「水の試練」の場面は、少々変わっていた。二人が手を取り合って雄々しく試練に立ち向かうというのではなく、舞台中央に二人が蹲(うずくま)り、その周りを、火や水をイメージさせる色彩で覆い、背後では、やはり、火や水をイメージさせる抽象的な映像が映し出されるというもの。内面的な印象を強く受けたが、それもそのはず。アフター・トークで分かったのだが、これは、二人が胎児の頃の記憶に戻り、一緒に同じ夢を見ているイメージであり、こうしたことを通じて「生命の神秘」「男女の神秘」を表現したかったとのこと。うーん、ここは少し難しかったかしら。

◇さて、ラストの、夜の女王一派が雷に打たれて倒れ、ザラストロ率いる光の王国が勝利し、歓喜の大合唱が流れる場面で、最後の最後、幕が下りる寸前で驚くべき光景が現れた。倒れこみ息絶えたかと思われた夜の女王の顔を、ザラストロが心配そうに、そして気遣うように優しく覗き込んだのだ。すると、夜の女王は、息を吹き返し、ゆっくりと体を起こしていく。3人の侍女をモノスタトスも同様だ。この演出が示すもの。それは、「対立」の再開ではなく、やはり、「和解」への期待ととらえたい。

◇蛇足ながら、少し細かいこともいくつか。舞台装置は、シンプルながら、構造的にも色彩的にも印象的。タミーノが迷い込んだ森、ザラストロの王国、パミーナの部屋(赤い壁、ピンクのベッド!)等、見事に表現されていた。登場人物の服装にも注目したい。タミーノは、白く長い上着に白地にチェックのズボン、パミーナも上は白で、襟元に赤いリボンを結び下はタミーノとおそろいで白地にチェックのスカート。夜の女王は期待に違わず全身黒のドレスだが、冠の雰囲気からどうしても小林幸子を連想する。パパゲーノは、頭は極彩色のドレッドヘア、衣装はブルーの作業服にペンキでいろいろな色が付いたようなカラフルなもの。パパゲーナはピンクの衣装と赤い靴がかわいい。ザラストロは、青いロングコートで肩のあたりが黄色いが、部下たちは、男性も女性もグレーのスーツ(女性はスカート)と地味目。最下層の清掃員はモップを持ち赤かブルーの作業服を着用。モノスタトスは、白塗りの顔に赤い眼鏡、白いシャツに黒い吊りズボン。といった様子で、現代風というよりは、時代を超越した、時代を意識させない衣装。このほか、小道具の面でも、例えば、スマホでワインを検索・注文し、宅配便で届けられたりと、ユーモアも忘れない。

【歌唱】

◇タミーノ役の山本康寛さんは、いかにも王子らしいきれいな高音が心地よい。今回の演出では、パミーナとともに、このタミーノ役がより重要となるが、期待に応える好演。

◇パミーナ役の砂川涼子さんは、この役が得意中の得意なのだろう。今回の演出では、タミーノとパミーナは10代の少年少女という設定だが、砂川涼子さんは全く違和感がない。見た目だけでなく、台詞も仕草もまるで高校生のようにかわいいのだ。しかも演技力は抜群。もちろん彼女の歌唱は文句なく素晴らしく、多くのファンが魅了されたに違いない。

◇パパゲーノ役の青山貴さんの存在感、堂々たる歌唱力には、心底驚いた。「魔笛」の中で、パパゲーノは、言わば一般庶民の代弁者。舞台と観客とをつなぐパイプ役のような役割だ。青山貴さんは、優れた歌唱と親しみやすい演技で、この役割を十二分に果たしたと思う。

◇パパゲーナ役は出番が少ないが重要なキャラクターだ。「Pa Pa Pa」で観客の心を掴むかどうかで、「魔笛」全体の印象が大きく変わるからだ。今野沙知絵さんは、明るくよく通る声で、観客を沸かせた。

◇夜の女王が歌う二つのアリアは、「魔笛」にさほど詳しくない人でも良く知っている。だから、夜の女王役は、期待が大きく、注目度も高いだけに、プレッシャーも大きいかも知れない。しかし、角田祐子さんは、この二つのアリアとも見事に歌い上げ、会場の拍手をさらった。
  
◇モノスタトス役の小堀勇介さんは、「日本のフローレス」の呼び声高い注目のテノール。この役に彼を起用したこと自体が、演出の思いを雄弁に物語る。悩める男を全身で熱演した小堀勇介さんに心から拍手を送りたい。

◇ザラストロ役は、「魔笛」全体の「アンカー(錨)」的な存在。伊藤貴之さんは、終始安定感ある重厚な歌唱で好演した。

◇このほか、侍女役、童子役、僧侶役。武士役の方々の熱演も光り、本公演の成功を支えた。

【指揮・演奏】

◇沼尻竜典の指揮、それに応える新日本フィルハーモニー交響楽団の演奏とも、申し分ないものであった。

以上

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