新国立劇場オペラ公演『セビリアの理髪師』を観る

●2020年2月11日(火・祝)、新国立劇場(初台)でオペラ公演『セビリアの理髪師』を観た。魅力的な演出、豪華な歌手陣等、全ての面でクオリティが高く、ロッシーニのオペラの楽しさを満喫する素晴らしい公演であった。

S セビリアの理髪師.jpg


●ますは今日のメンバーを確認しておこう。

指揮:アントネッロ・アッレマンディ
演出:ヨーゼフ・E・ケップリンガー

アルマヴィーヴァ伯爵:ルネ・バルベラ
ロジーナ:脇園彩
バルトロ:パオロ・ボルドーニャ
フィガロ:フローリアン・センペイ
ドン・バジリオ:マルコ・スポッティ
ベルタ:加納悦子
フィオレッロ:吉川健一
隊長:木幡雅志
アンブロージオ:古川和彦
合唱:新国立劇場合唱団

管弦楽:東京交響楽団
チェンバロ:小埜寺美樹

<演出について>

●まず目を引くのがバルトロの屋敷を表現する巨大な回転舞台。外側は地味目な色合いの建物だが、一転、内側はピンク、イエロー、ブルーの三色の壁からなるカラフルな内装。部屋の中は、様々な家具類や小道具で溢れた一見雑然としているが、見れば見るほどとても愉快だ。ベッド、ソファー、机、鏡台、絵画、テレビ、電話、電気スタンド等々、そして極めつけは「人骨の標本」だろうか。確かにバルトロは医者だからと納得する。バルトロの屋敷の脇には、何やら怪しげな建物も。扉から派手な衣装の女性が出入りしているので、どうも娼館のようだ。

●こうした舞台の上では、歌う人に加え、それ以外の人物たちの動きも見逃せない。建物の内外を問わず、つねに慌ただしく動き回っている。フィガロはスクーターで登場し(歌う場面)、ロジーナはヨガ・ポーズ(たぶん)までやってしまう(歌わない場面)。主要な登場人物だけではない。合唱メンバーはもちろん歌わない人物の一人一人もしっかり演技をしているといった様子なのだ。また、「ありがとう」「いち、に、さん、し、ご」「もしもし」等の片言の日本語もポンポン飛び出し、よくあるサービスながら、思わず笑ってしまった。

●プログラムによれば、今回の演出の設定は「フランコ政権下の1960年代」のセビリアだとのこと。確かに、少し昔の「現代」の雰囲気。演出家のヨーゼフ・E・ケップリンガー氏の狙いは、こうした特異な状況下での登場人物それぞれの「我欲」をいかに表現するかということであったらしい。したたかなロジーナや狡猾なドン・バジリオの描き方は当然として、フィガロには「ちびっこギャング」を率いさせ、家政婦ベルタには娼婦を経営させるのだ。ユニークな演出だが、違和感は全くない。

<歌唱について>

●歌手陣は全員が素晴らしい。生き生きとしているのがとても印象的だ。歌唱ももちろん、演技を含めて。これだけ歌手が揃う「セビリアの理髪師」も珍しいのではないか。聴きどころのフィガロの「町の何でも屋」、ロジーナの「ある声が今しがた」、ドン・バジリオの「中傷とはそよかぜ」、バルトロの「お前がそばにいる時は」、アルマヴィーヴァ伯爵の「もう逆らうのはやめろ」等はもとより、ベルタのアリアに至るまで、文字通り完璧といてよい出来。

●いくら褒めても褒めすぎることがない歌手陣だが、やはり特筆すべきはロジーナ役の脇園彩さん。さすが日本が生んだ世界のメゾ・ソプラノ。確かな技術と深い知性に基づく卓越した表現力に圧倒される。アルマヴィーヴァ役のルネ・バルベラさんの張りのある美声、フィガロ役のフローリアン・センペイさんの見事な歌唱力、ドン・バジリオ役のマルコ・スポッティさんの安定感も忘れ難く、そしてベルタ役の加納悦子さんの好演(歌唱も演技も)も光った。

(余談だが)

●終演後は、音楽評論家の加藤浩子さん主催の食事会。10数人のオペラ仲間とともに今日の感想などを楽しく語り合う。そして何とその場に歌い終えたばかりのフローリアン・センペイさんとマルコ・スポッティさんが合流してくれた。2人はとても気さくなナイスガイ。英語やフランス語やイタリア語が飛び交い、彼らのオペラに対する熱い思いなどを聞くことができ、夢のような時間を過ごすこととなった。加藤浩子さんに心から感謝申し上げたい。

以上



ブログ気持玉

クリックして気持ちを伝えよう!

ログインしてクリックすれば、自分のブログへのリンクが付きます。

→ログインへ

なるほど(納得、参考になった、ヘー)
驚いた
面白い
ナイス
ガッツ(がんばれ!)
かわいい

気持玉数 : 0

この記事へのコメント