マドモアゼル・シネマ ダンス公演『彼女の椅子(仮)』(神楽坂セッションハウス)を観る(正直な感想)

●2019年9月8日(日)、神楽坂セッションハウスで、マドモアゼル・シネマのダンス公演『彼女の椅子(仮)』を観た。今回の公演は従来の路線とは少々趣向が異なる。遠い記憶の中に見つけた過去への憧憬ではなく、同時代の厳しく生々しい現実の世界。当日配布チラシには「ドキュメンタリーダンス」とある。観る人によって意見が評価が分かれるかもしれない。私自身、素直に共感する反面、若干の戸惑いあるいは違和感を覚える所もなくはない。もちろん意欲的な取組みであることに疑う余地はなく、また純粋なダンス・パフォーマンスとしては、文句なしで素晴らしい公演であった。

M マド 彼女の椅子.jpg


●マドモアゼル・シネマは、伊藤直子さんが主宰し、ここ神楽坂のセッションハウスを拠点とするダンス・カンパニー。1993年の設立以来20数年間にわたり、海外公演をも含めて地道な活動を続けてる。私が出会ったのは2011年2月のことだが、その世界観に魅了され、以後、都合がつく限り足を運ぶことにしている。

●まずは今日のメンバーを確認しておこう(敬称略)。いつものダンサーたちに加えて、今回は高橋ブランカさんと村雲敦子さんを迎える形(村雲さんは時々登場)。

振付・構成:伊藤直子
台本:高橋ブランカ
出演:竹之下たまみ、蓮子奈津美、古茂田梨乃、
   中島詩織、須川萌、佐治静、中込美加恵、
   高橋ブランカ、村雲敦子

●高橋ブランカさんは、セルビア生まれの作家、翻訳家、写真家、舞台俳優。1995年に来日し1998年に日本に帰化。1998~2009年の在外生活(日本人の夫に同伴)を経て2009年から日本在住。一方、村雲敦子さんは、桐朋学園演劇科を卒業後、俳優座等で演劇活動を行う。結婚を契機にドイツに移住し、日本・ベルギー・スイス等への移動を経て現在はドイツ在住。というのが二人のプロフィール(チラシ等より)。

●今回の作品タイトルは『彼女の椅子(仮)』。それぞれの女性が安心して暮らせ活躍できる居場所を探す旅だ。(仮)までが正式なタイトルとのことだが、その居場所は定まったものではなく、常に変わりうるという意味であろうか。舞台上では、高橋ブランカさんと村雲敦子さんの波乱の人生、マド・ダンサーたちの今現在、そして更には、サラエボ・オリンピックの歌姫ヤドランカさんの辿った数奇な運命などが、時に交差し、時に共振しながら、言葉と歌とダンスで綴られていく。

●印象に残ったシーンは数多くあるが、特に気に入ったところをいくつか挙げてみたい。

◇冒頭で、黒いスーツ姿の竹之下たまみさんと中島詩織さんが並んで立ち、中島詩織さんが楽しそうに笑いながら「友達になれそう」と言う。ただこれだけなのだが、これから何かが起こりそうな雰囲気。

◇黒いスーツにハイヒールというビジネスモードで身を固めたマド・ダンサーたちが、ボレロに合わせ、集まったり離れたりしながら、歩行し、視線を動かし、化粧をし(もちろん仕草)、名刺を差し出し(同)、駆け出し、大きな音を立てて床を踏み鳴らす。彼女たちの日常生活を踊っているのか。こんなボレロは見たことがない。最後は髪をかき上げ、スーツとヒールを脱ぎ捨てレオタード姿になって終了する。大胆かつ綿密に計算された動きに脱帽だ。

◇村雲敦子さんが登場し、自己紹介をした後、先ほど脱ぎ捨てられた7足の靴を揃えていく。すると近くで見ていた小さい男の子から「違う」という声があがる。想定外の展開だとは思うが、村雲敦子さんは慌てず「大丈夫よ」と返す。そのナチュラルなやり取りが微笑ましい。

◇マド・ダンサーが一人、そしてまた一人と現れて白いビニールの人形と踊る。彼女たちは体の前と後ろに長方形の布を身に着けている。哀しくも美しい見事なダンス。

◇マド・ダンサーたちが一人ひとり自己紹介する。当然ながらみんな仕事を持っていることに改めて気付く。須川萌さんが「踊ることを許してくれる人と結婚したい」と言うと、竹之下たまみさんが「踊ることを許してくれる人と結婚しました。だいぶ前にだけど」と続ける。面白過ぎだ。

◇再びボレロ。しかし今度はギターが奏でるバージョン。先ほどとは対照的に全く足音を立てず、身体を捻ったり床を這ったりの柔らかい動き。その後、ボレロの演奏も原曲からどんどん変化ししていき、マド・ダンサーたちは「愛・恋・男女平等」と唱和しながら行進する。

◇「あのとき、あなたとくちづけをし、あのとき、あの子と別れた私・・・」。あの佐良直美の大ヒット曲「いいじゃないの幸せならば」(1969)が会場に流れ、二人のダンサーが情感たっぷりに踊り出すと、あとの5人もこれに寄り添う。7人の動きはあたかも一つの生物のよう。まさにマドモアゼル・シネマの真骨頂だ。歌っているのは誰だろう。佐良直美とは全く違うスローテンポな歌い方。後日、セッションハウスに確認したら、やっぱりヤドランカさんだった。しかし、この歌の歌詞は凄い。したたかというか、開き直りというか。

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「いいじゃなないか幸せならば」が収録されたCD「ひとり」

●さて、最後になったが、冒頭述べた「戸惑い」あるいは「違和感」についても触れておく。実はこれは大げさに言えば、作品作りそのものに関わる重要なことでもある。今回の作品は、出演者のプライベートな側面がかなり前面に出ていた。文学では「私小説」、テレビや映画は「ドキュメンタリー」という手法があり、個別性から普遍性を導き出すことができると理解しているが、はたして「ダンス」(今回の場合は演劇の要素も)にも当てはまるのか。私は基本的には「あり」だと思っており、今回の試みは果敢なチャレンジとして関係者の方々に心から敬意を表したい。

●ただ、問題は、その試みが成功したのかということ。実は私の「戸惑い」や「違和感」は、皮肉なことに、今回の台本作家であり主演女優である高橋ブランカさんに起因する。作品の中で彼女は、セルビアの内戦、国連の制裁、インフレ、失業、物資の不足等、多くのことを語った。彼女の背負ってきた歴史の重さに驚くとともに、そうした中でポジティブに生き抜いてきた姿勢には本当に頭が下がる。しかし、彼女の言動はあまりに個性が強く、かつ過剰に感じられるのだ。セルビアの内戦の話を聞かされても、我々は「それは大変でしたね」としか言いようがないし、まさか「母国の窮状を救うために帰れ」なんて言えるわけもない。時折発する冗談(セルビアの理髪師!)も全く面白くない。高橋ブランカさんの毒気に当てられて、村雲敦子さんも本来の持ち味が十分発揮できなかったようにも思う。マド・ダンサーたちのダンス自体は素晴らしく、また音楽の使い方もセンスが抜群であっただけに、残念な思いがとても強い。

●「彼女の椅子(仮)」を探す旅は、女性ばかりのダンス・カンパニーであるマドモアゼル・シネマに相応しい。この旅は、いつものマド・ダンサーたち及び愛すべき準レギュラーの村雲敦子さんで十分演じられるはず。重要なテーマだけに、改作再演を是非検討していただきたい。

以上

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