新国立劇場オペラ公演『紫苑物語』を観る

●2019年2月17日(日)、新国立劇場(初台)で、オペラ「紫苑物語」を観た。凄い作品である。終始緊張が途切れることがないスリリングな舞台。視覚の面でも聴覚の面でも完全に圧倒されてしまった。日本から世界に広く発信する新作オペラの初演、しかも初日に立ち会うことができ、本当に幸せに思う。

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●オペラは、かつて常に新作を楽しむ文字通りコンテンポラリーな芸術であった。ところが、時代の流れの中で、いつしか、演出により現代的な問題意識を加えつつも、基本的には過去の作品を表現するものに変わってしまった。もちろん、再現芸術として、こうした手法は妥当であり、優れた演出や演奏に接した時には、新たな感動が呼び起こされることに疑いの余地はないが、オペラの可能性はこれに限らないと思っている人も少なからずいるはずだ。かく言う私もその一人。本公演は、まさにそうした希求に真正面から応えてくれるものであった。

●「紫苑物語」の原作は、石川淳の最高傑作と評される同名小説。文庫本で90ページ足らずの短い作品だが、その密度はとても濃い。平安時代、歌の名家に生まれた宗頼が、歌を捨て弓の技を極めるも、最後は自らを滅ぼす代償として、真の歌をみつけようと葛藤する芸術家の物語。時代や場所を超越した象徴的・神話的な世界が展開する。

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        (原作の「紫苑物語(講談社文庫)」)

●「紫苑物語」のオペラ化に当たっては、新国立劇場芸術監督大野和士氏の強い働きかけにより、同氏及び西村朗氏(作曲)、笈田ヨシ氏(演出)、佐々木幹郎氏(台本)、そして「紫苑物語」を選んだ長木誠司氏(監修)らが熱心な議論を重ねながら作り上げていったとのこと。彼らが出演する事前のトーク企画(東京大学駒場キャンパス)にも参加したが、そのただならぬ意気込みに大きな感銘を受けた。

●前置きが長くなったが、ここで本日のメンバーを確認しておこう(敬称略)。

◇台本:佐々木幹郎  ◇作曲:西村朗
◇指揮:大野和士  ◇演出:笈田ヨシ
◇監修:長木誠司

◇宗頼:髙田智宏  ◇平太:大沼徹
◇うつろ姫:清水華澄  ◇千草:臼木あい
◇藤内:村上敏明  ◇弓麻呂:河野克典
◇父:小山陽二郎  ◇家来:川村章仁

◇合唱:新国立劇場合唱団
◇管弦楽:東京都交響楽団

●オペラ「紫苑物語」は二幕からなる。第一幕は、宗頼とうつろ姫(色情狂)の婚礼、父との確執・決裂、狩りの場面(小狐を射る!)、うつろ姫の寝室(間男を射る!)、そして小狐の化身である千草の登場等が描かれ、第二幕では、宗頼と千草との愛の交わり、弓麻呂(弓の師匠)の射殺、宗頼の鏡像とも言うべき仏師平太との邂逅、そして平太が山の岩肌に掘った仏頭を射るクライマックスへと展開していく。

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      (会場ロビーの一角には紫苑の花も)

●西村朗氏の音楽はとてもユニークだ。もちろん現代音楽そのものなので、調性はなく旋律も良く聴き取れない。歌なのかレチタティーボなのか台詞そのものなのかも判然としないことも多く、難解と言えなくはない。しかし、様々な楽器が刻むリズムは聴く者の心を強く揺さぶり、ドラマと一体となった「音」は、不安や苦悩を見事に表現しており、聴いていて全く違和感を覚えることがない。多用される重唱も音楽に深みや奥行きを与えていた。

●笈田ヨシ氏の演出は非常に切れ味が鋭い。幻想的で色彩的に美しい舞台だがそれに止まらない。一見無機質な建物や、大きなミラーを効果的に使う。また衣装は基本的には伝統的だが、象徴的な具象性とでも言うべきもの。なお、放った矢が突き刺さるところなどは、笈田ヨシ氏一流のユーモアとも感じられた。

●歌手陣の奮闘は賞賛に値する。この難曲を全く破綻なく、それどころか見事に歌い切ったのはさすがというほかない。主役である宗頼役の髙田智宏氏は見事な歌唱と演技を披露し、平太役の大沼徹氏もホーミー歌唱も含めて大熱演。うつろ姫役の清水華澄氏は圧倒的な存在感を示し、千草役の臼木あい氏は信じられないようなコロラトゥーラで聴衆を驚かせた。このほかの歌手の方々も申し分ない活躍であった。

●本公演は、私のオペラ観を大きく変える作品であった。何か新しい地平が開けたような爽快な気分だ。本公演に携わった全ての関係者の方々に心から感謝申し上げたい。

以上


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