新国立劇場オペラ公演『ドン・ジョヴァンニ』(モーツアルト)を観る

●2012年4月29日(土)、新国立劇場オペラハウス(初台)で、オペラ公演『ドン・ジョヴァンニ』(モーツアルト)を観た。『ドン・ジョヴァンニ』は、モーツアルトのオペラの中でも、特に好きな作品で、昨年11月にも二期会の公演を観たばかり(この時の記事はこちら)。でも、オペラは、DVDやテレビ放映を含め、公演ごとに全く印象が異なる。今回も、出演者の歌唱やオーケストラの演奏はもとより、演出、舞台美術・衣装に至るまで、申し分なく、文句なく楽しめた。
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●『ドン・ジョヴァンニ』のストーリーは、あまりにも有名だ。スペインの騎士にして、稀代の女たらしドン・ジョヴァンニ。彼が、ものにした女性の数はスペインだけで1003人、ヨーロッパ各国及びトルコを合わせれば何と2000人以上に及ぶ。今日も、ドンナ・アンナを誘惑しようと屋敷に忍び込むが、騒がれてしまい、助けに駆け付けた彼女の父、騎士長を殺してしまう。それでも、懲りないドン・ジョヴァンニは、結婚式の最中の新婦ツェルリーナを誘惑しようとする。ところが、ほどなく彼の悪行は皆に知れ渡り、かつて彼に捨てられたドンナ・エルヴィーラや、彼の正体に気付いたドンナ・アンナや、嫉妬に燃える新郎マゼットらに追い詰められていく。そして、墓場で出会った騎士長の石像を大胆不敵にも晩餐に招待してしまい、本当に現われた石像から悔悛を迫れるも、これを拒み、ついに地獄に落ちてしまう。いわば、連戦連勝だったドン・ジョヴァンニが、騎士長殺害を境に、転落に向かって一直線に突き進んでいく話。一見、勧善懲悪のシンプルな展開とも思えるが、演ずる者によっても、観る者によっても、様々な捉え方が可能となる含蓄あるいは象徴性に満ち満ちたストーリーと言える。

●まずは、本公演のメンバーを確認しておこう(敬称略)。 
 指揮・・・エンリケ・マッツォーラ
 演出・・・グリシャ・アサガロフ
 美術・衣装・・・ルイジ・ペーレゴ
 照明・・・マーティン・ゲプハルト
 
 合唱・・・新国立劇場合唱団
 管弦楽・・・東京フィルハーモニー交響楽団

 ドン・ジョヴァンニ・・・マリウシュ・クヴィエチェン
 騎士長・・・妻屋秀和
 レポレッロ・・・平野 和
 ドンナ・アンナ・・・アガ・ミコライ
 ドン・オッターヴィオ・・・ダニール・シュトーダ
 ドンナ・エルヴィーラ・・・ニコル・キャンベル
 マゼット・・・久保和範
 ツェルリーナ・・・九嶋香奈枝

●出演者のなかでは、何と言っても、メトロポリタン歌劇場の大スター、マリウシュ・クヴィエチェン氏が一際目を引く。圧倒的な存在感と言ってよい。実は、『ドン・ジョヴァンニ』の作品の中では、主人公であるドン・ジョヴァンニ自身には、意外にも、所謂、心を打つような美しい「大アリア」はない。有名な「手に手を取って」も、「シャンパンの歌」も、「窓辺に来ておくれ」も、皆、ドン・ジョヴァンニの特異で悪魔的な性格を端的に示すもの。素直には聞けない「一癖ある歌」なのだ。だから、マリウシュ・クヴィエチェン氏自身が語っているように、ドン・ジョヴァンニを演ずるうえでは、歌とともに、演技力、言い換えれば「役作り」がいかに大切であるかが分かる。若々しくエネルギッシュだが、一方で、ひょっとすると、心を病み、破滅を予感し苦しむドン・ジョヴァンニを、マリウシュ・クヴィエチェン氏は、ものの見事に演じきったと言える。

●マリウシュ・クヴィエチェン氏以外のメンバーもとても良い。歌唱力抜群での観客の心を捉えて放さないアガ・ミコライさん、表情豊かで会場内の雰囲気を高めるニコル・キャンベルさん、コミカルな役柄を見事にこなした平野和氏(もちろん歌も上手く『カタログの歌』は絶品)、抜群の安定感がある妻屋秀和氏、期待通りのツェルリーナを演じた九嶋香奈枝さん(とても可愛い)、地味な役どころを手堅くまとめた久保田和範氏(2011年11月の二期会公演のレポレッロとは一味違う魅力)などなど、観ていて、聞いていて、私としては大満足だ。

●次に、舞台の様子や衣装も気になることころ。一言で言えば、オーソドックスにして色彩鮮やか、シンプルにしてゴージャス、といった印象で、とても美しくセンスの良さが光る素晴らしい舞台であった。

●演出のアサガロフ氏は、ドン・ジョヴァンニを実在の色男カサノヴァになぞらえて、舞台を18世紀後半のイタリア・ヴェネツィアに移している。だがら、水面のように光沢がある床を滑るようにゴンドラが行き来したりする。このオペラの歌詞や台詞が、そもそもイタリア語だけに、全く違和感はない。

●第一幕では、シックな色調の壁が巧みに組み合さったり、取り除かれたりして、船着き場、結婚式の場、あるいドン・ジョヴァンニの館を作り出す。中でも、たびたび登場するチェス盤を模した巨大な円形のメリーゴーランドのような白黒の物体には、正直驚いた。ここで結婚式が行われ、ドン・ジョヴァンニがツェルリーナを誘惑し、村人たちが集う。人物の衣装との色の対比が絶妙だ。ドン・ジョヴァンニは紫、ドンナ・アンナは黒、ドンナ・エルヴィーラは赤など、主要な登場人物の衣装は概ね単色系であるが、一方、マゼットを含めた村人たちの衣装色とりどりといった趣向。第一幕最後のダンス・シーンは、音楽的にも、ヴィジュアル的も、正に圧巻であった。

●第二幕では、木を描いた長方形の縦長の壁が背後に現われ、舞台は、いきなりひんやりとした暗い林の中に移る。村人たちが、逃げたドン・ジョヴァンニを追う場面だ。傷ついたマゼットに駆け寄るツェルリーナも手にランプを下げている。なかなか、細かいところまで気を配った演出だ。そして、第二幕最後のドン・ジョヴァンニが地獄に落ちるシーンはなかなかの見せ場に仕上げている。晩餐のテーブルの上に立つドン・ジョヴァンニ。下からは、招くように何本もの手が不気味に現われ、ドン・ジョヴァンニは、苦悶の表情を浮かべながらテーブルごと地面の中に沈んでいく。後に残ったのは、石像の台座と、首が取れ横たわる貴婦人の姿をした巨大な操り人形。この人形は第一幕の『カタログの歌』で登場したもの。正に、女性を意のままに操る色男ドン・ジョヴァンニの最後を象徴するような見事な演出と言える。

●ドン・ジョヴァンニの人間像については、初演時から現在に至るまで、様ざまな解釈がなされて来たと聞く。精力絶倫のエネルギッシュな男、ジキルとハイドのような二面性を持つ男、過去の栄光を失い悩み彷徨する男など、いろいろだ。年齢想定も、当初の40~50代から、最近は30~40代へと若返っているらしい。やはり、『ドン・ジョヴァンニ』の魅力は、多岐にわたる解釈の可能性にある。これから、どんな『ドン・ジョヴァンニ』を観ることができるのか、本当に楽しみだ。

以上

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